2024年01月03日更新

スランバーズマーチ

  • 難易度:★★★★|
  • 人数:2人~6人|
  • プレイ時間:8時間以上(ボイスセッション)

 目覚めると、そこは知らない屋敷。中央にある柱には、文字が彫られている。
「あいつを追え。この夢を終わらせてくれ」

 不死身の怪獣に追われながら、この屋敷の謎と記憶を探す。
 ここはどこなのか。追うべき存在とは何なのか。そして自分たちはなぜ、この屋敷に招かれたのか、過去にここで何があったのか。
 眠る、覚めるを繰り返し、憧憬を集めよ。

 星の花に願いを込めて。

1927

7

ストック

0

コメント

《スランバーズマーチ》
Slumbers March


くちる、きえる、かわるまで。

【はじめに】

『モリアーティ教授の夢』『DEMISE・S・WITCH』に続き、盟友hagetaka(焼雀鳩)との共著シナリオです。
 タイトルは直訳で、「行進する微睡み」。
 今作はテーマを、徹底して『夢』に据えた内容であり、探索者は終始夢の世界を探索します。
 是非、夢を持って、突き進んで貰いたいです。何卒。

【キーパー向け情報】

 1866年3月19日。
 薩長同盟の成立、坂本龍馬の暗殺と、明治が迫り混沌とする日本に、一人の少女『弥生 星華』が誕生する。
 彼女の住む弥生家は、西洋との貿易業で成功した一族であり、裕福な家庭だった。

 彼女の父『春風』と母『桜』は優しく、星華を愛し、育てた。
 明治に入ると春風は、当時としては珍しい西洋風の別荘を避暑地として建てた。星華は横浜の本家と別荘を行き来しながら、桜が趣味で育てた「花」に囲まれた生活を送る。

 しかし星華が生まれた途端、横浜の本家の付近で夢遊病騒ぎと、「昨日まで元気だった人が、眠ったまま死んだ」と言う変死事件が起こり始めた。
 原因は、星華だった。星華は、「人間を自分の夢に誘う能力」を持っていた。幼い彼女は近隣の人々を夢に招き、夢遊病を引き起こさせたり、そのまま夢の世界で死なせてしまうと言った事を、無意識に起こしてしまう。

 春風と桜が娘の仕業と知ったのは、同様の現象が別荘のある町でも起きた事と、7歳になった彼女が死んだ人間の顔を知っていたからだ。
 同時に、春風は時折『ドリームランド』に行ける、「夢を見る資質」を持つ人間だった。彼は自分がドリームランドに行き来していたからこそ、星華にこのような力が備わったのではと恐れた。
 或いは、自分と同じく夢を見る人だった春風の父親が、天下を狙って自分の孫娘に何かの力を与えようとしたのではないかとされている。

 桜は星華の能力を「病気」として、すっかり怖がってしまい、更に変死事件を追う人間が、「弥生家が別荘に行くと事件は起きない」と突き止め、事件の発生時期と星華の誕生日が同じだと暴露した。
 本家で暴動紛いの事件が起こり、春風は7歳の星華を連れて、1873年から別荘に避難する。
 桜の恐れは強く、彼女は家に残る事となった。星華は母親に避けられていると悲しみ、和解もせず離れ離れになる事を寂しがった。
 この頃、横浜では『グランド・ホテル』が完成し、星華はそこに行くのが楽しみだっただけに、残念がる。

 春風は彼女の孤独が晴れるよう、仕事に忙しい内は家政婦と遊ばせたり、家にいる時は出来るだけ彼女と一緒にいた。桜もまた、星華と頻繁に文通していた。たまにグランド・ホテルの絵や、無理して手に入れた写真を渡したりもした。
 また春風は政府の人間とも繋がりがあり、星華は一度、かの有名な『勝 海舟』に出会っている。
 そして眠る時はドリームランドを出来るだけ意識し、偶然にも赴いては、星華の力を鎮める方法を探し続けた。

 その間も近隣では、事件が多発。本家の方でも「怪物の家族」として騒ぎは終わっておらず、星華は2年間そこで暮らした。

 しかし、秘密は破られた。家のある町の人間が、この町の人間に漏らした。
 星華の力がバレ、ここでも暴動が発生。群衆は星華を「怪物」として罵る。
 春風が手を打つ前に人々は深夜、屋敷を襲撃し、星華を守ろうとした春風を殺した。
 そしてそのまま、静かな寝息を立てて眠るあどけない星華の胸に杭を突き立て、殺害する。

 人々は事件を隠蔽する為、二人の死体を家の床下に隠した。
 町の人々は安心する。「もうこれで、誰も死なない」と。


 彼女の死後も、事件は収まらなかった。
 星華の魂は、自身の『夢の世界』にいた。彼女の世界は、ドリームランドと覚醒の世界との狭間に存在し、そこから人々を引き込み続ける。
 星華は自分の夢に囚われてしまい、固着した夢が、彼女を主とした世界を作ってしまった。

 星華の夢の世界には、春風もいた。だが、春風が星華に会う事は叶わなかった。
 星華の夢に、『怪獣』が侵入した。この怪獣は覚醒の世界にも行けず、ドリームランドにも行けない『半端な生命体』であり、その狭間を彷徨う生物だ。

 怪獣は星華の世界を安住の地にしようと考え、記憶を奪って隠し、「お前は数々の人に嫌われている」「母親にも嫌われているな」「お前は永遠に一人ぼっちだ」と吹き込み、幸せに満ちた夢の世界を、「悲しさ、寂しさ」に満ちた『悪夢』に変貌させる。

 星華の力を暴走させているのは、この怪獣だ。
 怪獣は星華の孤独感を強め、それを埋めようとした彼女が、眠った人々の魂を引き込ませてしまう。
 その魂を怪獣は食らう。謂わば、この夢の世界は怪獣にとっての「餌場」として侵される。
 春風は逃げて隠れてしまった星華を探し出せず、彼もまた記憶を無くす。


 星華の夢は和風の生家と、西洋造りの別荘や彼女が見てきた建物が、歪に繋げられた『屋敷』で構成されている。
 そして、絵と写真を見て憧れを抱いていた、『グランド・ホテル』。このグランド・ホテルは、屋敷の場所とは違う所にあり、星華の経験した記憶とは違う為、怪獣の侵入を拒み続けていた。

 記憶をなくし、このホテルに流れ着いた春風は、そこの「ホテルマン」として、一人で経営している。
 娘の事も、自分の事も、ここがどう言う場所かも忘れ、夢に迷い込んだ『旅人』を受け入れる。
 怪獣に怯えながら、いつの間にか何処かに消えて、たまに戻って来てはまた消える、不思議な旅人たちを受け入れる。


 探索者は、古い街を訪れた。
 探索者の共通点を、「夢を持っていない人」「夢に疲れた人」「夢を馬鹿にする人」「夢を捨てた人」にして欲しい。
 彼らが無意識に持つ「夢への渇望」が少女の夢に行く、災厄の切符だ。

【キーパーへの注意】

 このシナリオは、ゲーム内で多くを語り切りません。恐らくPLは、キーパー向け情報の多くを知らず、結末を迎えるかもしれません。
 そうだとしても決して、情報開示だけは避けてください。このシナリオは、謎が魅力になるからです。

 また、探索者は「夢に無関心なPCとして欲しい」と、事前にPLへ告知してください。

【イントロダクション】

 君たちは、古い街を訪れる。
 この街では不吉な噂があった。
 その噂に好奇心を抱いたのか、或いは観光名所として名高いそこへ旅行に来たのか、仕事か、引越しか、誰かに会いに来たのかもしれない。

 君たちは目的を持ってこの街に訪れ、予約していたホテルに泊まる。
 ホテルは古い、西洋の趣きを感じさせる造りで、安息を与えるレトロな雰囲気。
 噂のことや、現実がもたらす疲れは忘れてしまう。
 一人のホテルマンが丁寧に礼をし、あなたたちを旅人としてもてなした。
 花の香りのする紳士だ。

【登場人物】

『弥生 星華』やよい せいか
 9歳の少女にして、夢の世界の主人。
 現世とドリームランドの狭間に、夢の世界を構築する力を持っており、そこに人を誘う。
 恐ろしい「怪獣」や「幻人たち」に怯え、屋敷に隠れている。
 この世界は彼女の思い通り。


『弥生 春風』やよい しゅうか
 星華の世界に引き込まれた、彼女の父親。娘を深く愛していたが、そんな事は自分の生い立ちも含めて忘れてしまった。
 今はホテルで、旅人たちをもてなしている。外からホテルを睨み付ける、怪獣に怯えながら。
 彼の趣味は香水作りらしい。なぜ、これが趣味なのかは忘れている。


『怪獣』かいじゅう
 探索者を付け狙う、巨体の化け物。
 口にも目にもなる器官を持ち、ガパリと開くと恐ろしい瞳が探索者を睨む。
 その身体は海獣のように見えるし、歪に生えた10本の足は人間の手に似ている。
 星華を求めて徘徊し、夢を荒らし回り、迷い込んだ旅人を食らう。そして濡れたようなその肌に、傷がつく事は永遠にない。


『幻人』まぼろシビト
 星華の屋敷に度々現れる群衆。人間の姿をしているけど、その身体は彫刻のように真っ白だ。
 服装は着物だったり、現代的だったり、男だったり、女だったり、若かったり、老いていたり。
 旅人を見つけると大袈裟な動作と、何かを叫ぶように口をパクパクさせ、その口や目から黒い液を吐き出しながら襲い来る。声は出せないが、他の幻人には聞こえているようだ。
 暴力的で執拗だけど、こちらから攻撃をすれば、呆気ないほど霧散して消える。
 中には何者にも敵対せず、黒い液を流していない、見えない何かと戯れる『灰色の幻人』もいる。

【シナリオ】

 星華の世界には、『ホテル』と『屋敷』の二つの場所が存在する。ホテルで眠れば屋敷で目覚め、屋敷で眠ればホテルで目覚める。
 ホテルには怪獣や幻人は入って来れず、探索者にとっての安全基地となる。体力も正気度も回復出来る。
 しかし、完全な安全基地ではない。探索者が入れば入るほどホテルは荒らされ、怪獣が忍び込む隙を与えてしまう。以下は、屋敷からホテルに戻った回数に応じて発生するイベントだ。
 尚、回数は探索者全員に対し共用。PC1が1回目に訪れれば1回目で、そのあとにPC2が訪れれば2回目だ。
 カウントは最初の合流が終わり、屋敷に行き探索が開始してから始まる。

 また2人同時に戻る場合もあるだろうが、その場合は『2回分』としてカウントする。


『ホテルの変貌』
・1回〜3回目→高級ベッドで目覚める。ルームサービスの料理がある。暖かい風呂にも入れるし、備え付けのワインもいただける。【耐久度は全回復、正気度は1D10回復】

・4回〜5回目→ルームサービスが来ない。食事はレストランに行かなければならなくなる。それ以外は問題ない。【正気度は1D6回復、レストランに行けば耐久度が全回復する】

・6回目→お風呂のお湯が出なくなる。ホテルマンに言っても治らない。【正気度は1D4回復、レストランに行けば耐久度は1D10】

・7回目→ワインが床にぶちまけられている。ベッドにシミがある。ホテルマンを呼んで、片付けてくれる。【正気度は1D4回復、レストランに行けば耐久度は1D6】

・8回目→部屋の電気が切れかけなのか、明滅を繰り返す。ホテルマンを呼んでも変わらない。【レストランに行けば耐久度1D6回復】

・9回目→部屋が荒れている。ホテルマンが来ない。【耐久度1D4回復、正気度は0/1D4喪失】

・10回目→ホテル全体が荒れ、微震が起こる。【耐久度1D3回復、正気度は0/1D4喪失】

・11回目→部屋の壁に、『はいれた』の文字。揺れが強くなっている。床はイフェイオンの花で埋め尽くされている。部屋から出られなくなった。【耐久度1D3回復、正気度は1/1D4喪失】

・12回目→『はいれた』の文字で、部屋中の壁が埋め尽くされる。揺れが強まる。イフェイオンの花が腐っている。部屋から出られない。【耐久度1回復、正気度は1/1D5喪失】

・13回目→部屋が真っ暗。誰かの視線を常に感じる。【正気度1/1D6喪失】

・14回目→ホテルが火事。そして天井に張り付き、こちらを睨む怪獣。屋敷に戻った時に手元に手紙があり、『これがさいご』と書かれている。【耐久度1D4喪失、正気度1D4/1D6喪失】

・15回目以降→怪獣に食われる。強制的な探索者の死。


 あくまで参考として、KPは回数を増やしたり減らしたりと、自由に調整して構わない。
 プレイヤーが少ないのなら、自ずと来る回数が減る為、回数を減らす。多いのなら増やすと言った具合でも良いだろう。

 ホテルで眠りのロールは不要だが、屋敷からホテルに戻る場合は必要になる。
 眠りのロールは、【CON×5】で眠れる。怪獣や幻人の前でも眠れるし、ホテルから戻った時は眠った場所で覚醒する。
 気絶しても、それは眠ったと扱って良い。

 また来た回数に応じ、ホテル内でも様々なイベントが発生する。ホテル内イベントを参考にして欲しい。

《目覚め》

 探索者を1人、ランダムに選ぶ。
 選んだ探索者は、目覚めると見知らぬ建物の中にいた。内装は和式と言うよりも、まさに古代日本に戻ったような風で、それも格式高いお屋敷のようだ。

 部屋には窓が一つと、一つの襖がある。なぜか襖は開かない。
 部屋の中心にある立派な柱には、文字が彫られていた。


「あいつを追え。この夢を終わらせてくれ」


 この文字は、探索者の前の犠牲者が遺したものだ。あいつとは怪獣ではなく、星華を示している。
 窓から外を覗いても、外は明るいものの霧に囲まれて何も見えない。下を見れば、まるで高層ビルのように高い場所だと分かる。
【聞き耳】に成功すると、空から微かに、下手な吹奏楽の演奏が聞こえて来る。
 星華の夢は、ほんの僅かにアザトースの宮殿と繋がっている。この演奏は、アザトースを楽しませる為に行われている、神々による演奏だ。

 続いて、か細くも悍ましい雄叫びが、こちらはロール不要で聞こえて来る。これこそ、『怪獣』の叫びだ。怪獣はアザトースの元に帰りたがっている。
 この雄叫びを聞き、【アイディア】に成功すると、探索者はこの声に潜む執念や狂気を感じ取り、【正気度 1/1D4】を行う。

 探索者はこの雄叫びが窓の外で聞こえるものだと思っていたが、【聞き耳】か【アイディア】に成功すると、突然、部屋の襖の向こうから聞こえるようになったと気付ける。
 探索者が雄叫びが襖の向こうからで、しかも近付いていると分かった場合、窓から飛び降りるか、部屋に残るかの2つが選択肢になる。

 探索者が雄叫びの方向に気付けなければ、部屋に残るの一択だろう。襖を蹴破り、怪獣が現れる。
 怪獣は口と目が一体となった器官を蠢かせ、艶かしく濡れた皮膚と、やけに人間じみた腕が身体から幾つも伸びている。怪獣は大柱を破壊しながら雄叫びをあげ、探索者に迫る。
 探索者は【正気度 1/1D6】を行う。
 差し迫る怪獣を前に、探索者を気絶させよう。

 探索者が邪悪な気配を察知した場合、窓から飛び降りる事が可能だ。
 探索者は霧の中を降り、5階建ての建物ほどの高度を落ちた後に、白い花の花畑の中で倒れて気絶する。
 白い花とは、『イフェイオン』と言う花だ。【幸運】に成功した時、微かに誰かの足が見えた。
 小さな子どもの、人間とは思えない、大理石の彫刻のように真っ白な裸足だ。その足こそ、夢の主である星華の残留思念が生んだ、「純白の幻人」だ。


『ホテルに戻る』
 探索者は恐ろしい出来事から覚めると、そこは高級ベッドの上。
 外は真っ暗闇で、海沿いなのか波音が聞こえる。
 部屋の内装は、レトロな西洋風だ。渋いブラウンの、手触りの良い家具が置かれている。
 部屋の中心にはカウチが置かれ、ゆらゆら揺れていた。隅にある振り子時計がチクタクと時を示しており、今は『夜20時36分』だ。

 探索者は恐ろしい出来事を夢だと信じ、【正気度 1D4】を回復させる。

《グランド・ホテル》

 他の探索者は、自分が予約したと思い込んだ、もう1つの夢の世界である『グランド・ホテル』で寛いでいる。
 このホテルは『横浜グランド・ホテル』は1873年に完成した、実在のホテルが元になっている。今のレートで言うと一泊116万円の、最高級西洋ホテルだ。主に来日した外国人向けに造られたものだが、宿泊客は「まるでパリのグランドホテルに来たようだ」と感心するほど、このホテルの完成度は高かった。

 しかし1923年、このホテルは関東大震災によって焼失し、幻のホテルとなってしまう。
 現在も営業している『横浜ニューグランド・ホテル』は1927年に建てられたが、そのホテル名は公募の為、このグランド・ホテルとは関係はない。

 探索者たちは部屋で寛いでいたか、遊戯室にあるビリヤードやダーツを楽しんでいたか、レストランで食事をしていたか、エントランスの壮観な景色を眺めていたか。いずれかの理由はあるだろうが、各々はホテルを探索可能だ。


『ホテルの造り』
 ホテルは素晴らしいものだが、その造りは何処か歪に見える。
 二階建てでかなり広い造りをしていながらも、部屋の数と規模は異様に小さい。しかもエントランスを中心にレストラン、遊戯室、バーが蜂の巣の形に広がっており、入り口が存在しない。また客間はエントランスの大階段を上がった二階にしか存在しない。
 これは、星華がグランド・ホテルの大まかな造り、絵や写真で見た場所しか知らないからだ。

 当然、探索者はこの夢に飲まれている。この諸々の異常に対して一切の疑念を抱くことはない。しかし何度か屋敷からホテルに戻り、怪獣の侵食が始まると、探索者は夢からの乖離を始め、5回戻った辺りから異常に気付き始める。


『戻った回数と気付き』
・5回目→思っていたより、ホテルが小さい。

・7回目→エントランスを中心として蜂の巣型になった、妙な造りだと気付く。

・8回目→ホテルにいる人間は、ホテルマンと自分だけだと気付く。

・10回目→出入り口がない。窓が壊れない、開かない。

・11回目→部屋の中にある『グランド・ホテル』が描かれた絵を見て、【知識】か【歴史】に成功した時、1887年に建てられ、1923年に焼失した『横浜グランド・ホテル』を思い出す。


『エントランス』
 エントランスには大きな窓があり、そこから海が眺められた。カウンターには随時、ホテルマンがいる。窓は開けられず、出られない。

 ソファや椅子が所々に置かれ、海とヨーロピアンな造りのエントランスを眺めながら贅沢に寛げる。
 エントランスに来た探索者が【目星】に成功すると、ソファの下に手紙が挟んである事に気付ける。


「思い出と、思い入れは違う。浸る事と、憧れは違う。あの子は憧れだけでも守りたかったのだろうか」


 また、エントランスでは、探索者がホテルに戻る度に別の手紙が【目星】で見つかる。11回目以降は部屋から出られない為、全部で10通だ。


・1回目→「何もかもを忘れてここにいたい」

・2回目→「このホテルは良い。とても落ち着けるよ。ずっとここにいたいな」

・3回目→「信じて欲しい。私はまだ、生きている」

・4回目→「子供の時よりも、私はずっと眠っている。ずっと疲れ果てている」

・5回目→「俺はまだ、何処にいるんだ?」

・6回目→「寝室を抜けても寝室があるんだ。逃げられない」

・7回目→「ホテルマンに気を付けろ。奴は怪しい」

・8回目→「あぁ、とうとう忘れてしまう。私が何なのかも、ここにいる意味も!」

・9回目→「なぜ誰もあの子の痛みを知れない? あの子の事を赦せない? 懺悔はもう、吐き尽くしたのに」

・10回目→「愛する我が娘よ。きっと目覚めさせてあげるよ」


『ホテルマン』
 瀟洒なスーツに身を包んだ、中年の紳士。カウンターにずっと佇んでは宿帳を管理し、客の要望があればすぐに駆け付ける忙しい身だ。
 微かに花の香りがしており、上品な香水をつけている。

 彼こそ、この夢を作り出した星華の父親である春風。だが彼自身も、自分の事を忘れてしまっている。


・このホテルは何年目になる。
「実はそんなに経っていませんよ。創業して2年目ですか」

・香水をつけているのか。
「実は、香水を作る事が趣味でして。自分でも何のキッカケがあって作り始めたのかは忘れてしまいましたが。今日は、『ポピー』の香料です」

・名前は。
「弥生春風と申し上げます。春に風と書き、『しゅうか』と読みます」


 彼は、探索者がエントランスに来た際に【1D6】を振り、奇数が出た場合には何処かへ出払ってしまう。
 彼が遊戯室やバー、レストランに行っていて不在時にカウンター内を覗くと、手紙を発見出来る。


「ローズマリー、ハナビシソウ、ニゲラ、赤と黄色のゼラニウム。好きな香りだ」


 彼が香水を作っているのは、恐怖と絶望の中にいる星華を目覚めさせる為だ。手紙の花々は、星華が特に好きだった花になる。
 彼は星華の為に香水を作っていたが、そんな事は忘れてしまい、趣味として自分の為に作り続けている。


『遊戯室・バー』
 遊戯室にはビリヤード台にダーツ盤、トランプとゲームテーブルに、カジノで良くあるルーレット台も完備してある。
 隣のバーへ直接移動が可能だ。バーテンダーに頼めば様々なカクテルや酒が飲める。しかし8回目より、バーテンダーは元から存在せず、酒を頼めば突然目の前に置かれていたことに気付く。
 ここで遊んだり、酒を飲んだりすれば、追加で【正気度 1D3】回復できる。一回訪れるにつき一度だけで、9回目以降は遊戯室とバーが閉鎖されて入れなくなる。
 また、来た回数に応じて以下のイベントが発生する。


・2回目→春風がビリヤード台の整備をしている。

「ビリヤード台には、様々な箇所に様々な名前があります。
 台座はスレートと呼び、テーブルを囲うワクはエプロンあるいはスカート。
 その上はレールと呼ばれ、内側にあるゴムはクッション。ボールを落とす穴はポケットで、落ちたボールを回収する場所がポケットテーブルです。
 台の形状にも種類があり、当ホテルでは台が大きく、ボールが小さなスヌーカー型を使用しております。興味がございましたら調べてみて、プロを目指してみるのもよろしいかと」

 彼は貿易業をしており、そのツテでビリヤードを嗜んでいた為、とても詳しい。実際ビリヤードは、江戸時代には日本に伝わっていた。

・4回目→春風がバーのテーブルを掃除している。

「お酒は飲まれるのですか? 私は下戸でして……仕事柄、他人とどうしても飲まなければならない場面も多く、大変ですよ」

 探索者が「ホテルマンなのにそう言う場面があるのか?」と疑問に思い、聞いてみると「思えば妙ですね。ここが特殊なのでしょうか」と返される。
 貿易業は人と多く関わる仕事であり、その記憶が出て来たのだろう。

・5回目→綺麗な青色のカクテルが置かれ、その下に手紙が挟まっている。
『月曜日は嫌い? 私も嫌い』
【知識】に成功で、カクテルの名前は『ブルー・マンデー』だと分かる。ウォッカベースの、憂鬱な月曜日。

・8回目→ビリヤード台に手紙が置かれている。
『願うことと、見ること。答えが二つあるから、夢はなんとも曖昧だ。玉に弾かれ、別々に飛んで消えて行く。せめて、同じ穴に落ちてほしい』


 遊戯室が閉鎖されると、その部屋の前に『遊びはおしまい』と貼り紙がある。
 閉鎖されたバーの前には『酔い覚ましに歩いてみては』とある。


『レストラン』
 フランス料理のレストランだ。ビッフェ式で、様々な料理を好きに取り、食べられる。
 料理は際限なく出てくるが、それらに気付けるのは8回目からだ。
 部屋でルームサービスが来なくなる以降は、ここで食事をすることで耐久度を回復させられる。遊戯室・バーと同様、一回につき一度だけで、9回目以降は料理が出されなくなる。
 来た回数に応じて、以下のイベントが発生する。


・6回目→春風がレストランで料理をセットしている。

「好きに料理が取れるだけあり、取り方や皿に乗せている料理でお客様の傾向が分かったりします。
 迷いなく取る方と、悩みながら取る方。
 肉類が多い方と、野菜が多い方。
 一度で皿いっぱいに取る方と、やや少なめの方。
 無作為に料理を選ぶ方と、形式に則って取る方。
 喋る方、静かな方。大雑把な方、丁寧な方。
 一見、物腰柔らかな方でも、そのお皿の上は乱雑。一見、荒っぽい方でも、そのお皿の上は整然……お客様は、どうでしょうか?」

・7回目→座った席の上に、手紙がある。
『満ちていたい。眠り、食べて、触れたい。人生の意味は、まず満ちることから始まる』


 料理のなくなったレストランに入った場合、空の皿の上に『食えない奴め』と書かれた手紙がある。

《探索のルール》

 最初の合流が終わり、探索者らが自室で眠ると、とうとう物語は始まる。
 探索者らは屋敷とホテルを行き来し、怪獣から逃げ、幻人を退け、失われた星華の記憶、『憧憬(どうけい)』を集めなければならない。


『憧憬と分岐』
 憧憬は全部で20種類ある。
 その内、半分の10種類を集めた状態で開かれる『星華の部屋』に行けば、最終局面に移る。また20個目の憧憬のみは、最終局面で手に入る。
 しかしその状態で開かれるルートは『DREAM END』か『DEADLY END』のみだ。

 15種類以上を集めた場合、記憶を取り戻した春風と合流できる。彼を連れ、花のタネを持った状態で最終局面に赴く時、探索者には『THE END』ルートが開かれる。
 15種類集めても、春風と合流しなかった或いは、合流しても花のタネを持たなかった場合は『WEEK END』のルートとなる。しかし星華を探索者が殺した場合は、どんなルートを辿っても『DEADLY END』になる。

 20種類全てを集めても上記3つ以上のエンディングは存在しないが、今作で失った正気度と耐久度の全回復と言うボーナスの用意はしている。
 展開に無関係にせよ、この物語を知る探究心があるのならば是非、挑戦して欲しい。


『憧憬の見つけ方』
 屋敷の各地に散らばる憧憬は、【アイディア】に成功することで、今いる部屋の中にあると気付ける。探索者には「懐かしい気配がする」と、感じられる。
 その気配がする部屋を探す事で、憧憬は見つけられる訳だ。
 アイディアのロールは、PL側からロールの宣言がなされた時のみ、許可される。このアイディアロールに関しては、KP側から提案してはならない。


『ホテルとの行き来』
 ここからホテルに戻るたびにカウントを開始し、戻った回数に応じてホテルでのイベントを起こして欲しい。
 また探索者は、怪獣の目を欺くことは可能だが、絶対に怪獣は倒せない。探索者が倒せるのは幻人と星華や春風のみだ。

 屋敷内で【CON×5】に成功か、気絶によって眠り、ホテルで目覚められる。
 探索者がホテルに戻った場合、ホテルでの行動を終えてベッドで眠り、屋敷に戻るまでは、屋敷側へは視点を変えないこと。
 そしてホテルから戻った探索者が目覚めた所で、屋敷での時間はまた進み始める。

 もしその探索者が怪獣や幻人の前で気絶し、戻った場合は、周りに敵NPCがいない場所に移動させ、目覚めさせよう。
 またホテルへは15回目以降に戻ると、怪獣に食われて強制的にロストする。
 PLへの不満がないよう、戻るたびに際立つホテルの異常性をじっくり描写し、「完全な安全地帯ではない」と伏線を張っておこう。
 また、屋敷で得たことはホテルにいる間は忘れる為、屋敷のことを春風や他の探索者に質問したり、話したりすることは出来ない。


『怪獣のロールプレイング』
 怪獣は探索者1人が移動を終えるごとに、移動する。探索者の数が多いと、1ラウンドの内に何度も移動することになる。
 屋敷には29の部屋があるが、怪獣が移動出来る部屋はその内の20。その20の部屋には番号が振られている。
 KPは【1D20】で振り、出た数の部屋に怪獣を向かわせる。
 また怪獣のいる部屋の隣に探索者がいる場合、怪獣は【アイディア】に成功で探索者に気がつく。
 探索者側は怪獣の存在を、【聞き耳】でしか察知できない。怪獣から気付かれた時は、そのおぞましい気配から【正気度 1/1D6】を毎回行う。探索者側から気付いた場合は不要だ。

 また怪獣に気付かれても、【隠れる】に成功で部屋に隠れたりもできる。しかし怪獣が【目星】に成功した場合は、発見される。発見されるたびに毎回、【正気度 2/1D8】を行う。
 隠れるか、或いは【忍び歩き】で気付かれた部屋から脱出も可能だ。


「怪獣」
STR.55 CON.180 SIZ.25
INT.80 POW.100 DEX.10
耐久度 300
ダメージ・ボーナス +2D6
武器:喰らいつく、70% ダメージ 2D6
殴りつける、88% ダメージ 1D6
捕まえる、45% 1ラウンド拘束する
叫ぶ、50% 探索者のロールを無効にする
装甲:黒い液で濡れた身体に、傷がつくことはない。
技能:目星、43% 追跡、30% アイディア、50%


『怪獣から逃げる』
 怪獣に気付かれた場合、怪獣は探索者を食べようと襲いかかる。
 探索者は怪獣が入らない幾つかの部屋に逃げ込むか、隠れるしかない。
 探索者は【DEX対抗ロール】に競り勝つことで隣の部屋に逃げられる。しかし怪獣は逃しても【追跡】をロールし、成功なら隣の部屋まで探索者を追い掛け続ける。場合によってはDEX対抗ロールは数回行う事になる。
 怪獣が追跡に成功しても、また【DEX】とで対抗ロールを振らせ、競り勝てば逃げられることにしても良い。
 また探索者が、別の探索者のいる部屋に逃げ込んだ際は、どちらを追うかはダイスで判断する。

 その隣の部屋が、怪獣の入ってこれない部屋なら、追跡はそこまでだ。怪獣は不浄を嫌う為、トイレや風呂に入り込めない。
 DEXに自信のない探索者は、ロール不要で手に入る、部屋にある物を【投擲】を使って怪獣の目に投げつけることで、怯ませることも出来る。怯んでいる隙に隣の部屋へ行けるので、あとは隠れるなりする。
 もし出入り口が1つしかない部屋に入ってしまい、追い詰められた場合は、怪獣の攻撃に【回避】を成功させた上で【DEX×3】に成功すると、怪獣の隙を突いて部屋から逃げられる。これらに失敗した場合は、眠ることをオススメする。


『幻人のロールプレイング』
 幻人は移動をせず、部屋から出ることはない。部屋の中をぐるぐる回り、侵入者を見つければ口から黒い液を吐き出し、襲いかかる。探索者が初めて遭遇した場合のみ、【正気度 0/1D4】を行う。
 幻人の耐久度は1のみで、探索者が少し小突けば崩れてしまう程度の存在だ。幻人の人数は、探索者が対象の部屋に入るたびにKPが【1D6】を振り、出た目が人数となる。
 倒しても倒しても、探索者が部屋に入ると復活する。そこが少し厄介だ。

 探索者が怪獣に追われている最中は、何処かへ消えている。怪獣が怖いようだ。
 またシナリオ内でロストした探索者が出た場合、探索者が死んだ部屋に、その探索者に似た幻人がいる。それを見た他の者は、【正気度 1/1D6】を行う。

 幻人の人数を決める1D6のロールで、最大値の6が出た場合、彼らの吐く黒い液が凝り固まって怪獣を召喚する。
 怪獣が誰かを追跡している最中でもこのイベントが始まった場合は、こちらを優先する。


「幻人(ステータスは統一)」
STR.10 CON.12 SIZ.8〜14
INT.?? POW.?? DEX.13
耐久度 1
ダメージ・ボーナス +0
武器:殴る、55% ダメージ 1D4
蹴る、50% ダメージ 1D6
拘束する、30% STR対抗に勝たない限り、動きを封じられる
回避、28%


 幻人に対し、【隠れる】【忍び歩き】で部屋に入った場合は気付かれない。そのまま1ラウンド待機すると幻人は消え、何の障害もなく探索可能。
 幻人が6人の時にも可能だ。

《行進する微睡み》

 探索者らはホテルの、洗い立ての優しい匂いがする、柔らかなベッドの上で眠りにつく。
 次第に意識は沈んで行き、現と夢の狭間に到達する。
 そこで探索者らは、気味の悪い音楽を聴く。フルートを吹き鳴らすような音楽。退屈な行進曲のようだ。

 探索者は夢へ落ちて行く直前に、声を聴く。


「願いの果てに2つがあった。
生きて望む者、死して見る者。
その祈りと願いは落ち行きて、
退屈な行進曲と貪欲の瞳の前、
完全で不完全を一身に受ける。

おお柔き、愛しき、夢の主よ。
私を父のもとへ導いておくれ。
ああ儚き、麗しき、星の子よ。
君のいる夢幻は何も滅びない。

それでも恐れ、祈るのならば、
私もまた求め、捧げ続けよう。
迫る最後へ、狂おしい成就へ。
望郷は今際の最果てへと導く。
君はまた決して死にはしない。
私もそう、死へ至る事はない。
永遠に永久に永年に永劫まで。

死にながら目覚めるのだから。
死して望める、無二の存在よ」


 探索者が目を覚ますと、そこは見覚えのある部屋。序盤の《目覚め》で選ばれた探索者は、怪獣に襲われた部屋で再び目覚める。
 前回の相違点として、無惨に破壊された襖と柱だろう。
 禍々しい足跡がねじ込まれた畳の上に、ボロボロの手紙があった。
『屋敷に隠された、20の憧憬を集めなければ。あの子の眠りを覚ますんだ。目で探し、自分の感覚に耳を傾けるんだ』

 初回だけ探索者に【アイディア】を振らし、ロールの成功失敗問わず、この部屋にある憧憬の気配を察知させよう。
 KPは「憧憬を集めてください。憧憬は、このようにアイディアロールに成功することで、この部屋にあるのかないのかが分かります。
(今回は失敗でしたが、成功の場合はこのように分かります)」とチュートリアルを行う。

《屋敷の構造》

 屋敷は全部で、29の部屋がある。その内の10部屋は怪獣が入ってこれない場所だ。以下に示すのは、怪獣が移動出来る20の部屋と、特殊な条件で開かれる部屋を含めた9の部屋を網羅した表だ。

 KPにとっては面倒な作業になるとは思うが、それらの部屋の図を作って欲しい。
 そして部屋はボードゲームのようにランダムに組み替え、このシナリオを遊ぶたびに屋敷の形を変えるのも面白い。

 図を作るのが大変ならば、どの部屋とどの部屋が繋がっているかを自分なりにメモし、軽い描写で済ます程度でも良い。探索者には、屋敷の構造をメモするように、注意しておこう。
 また部屋は基本的に出入り口は2つ。1つのみの場合は解説の項で明記する。
 出入り口2つの部屋に限り、組み替えによっては出入り口の数を増やしたり、減らしたりしても良い。

 シナリオが開始すると、導入シーンの探索者を『はじまりの部屋』で目覚めさせ、チュートリアルを済ます。その他の探索者はランダムに、『怪獣が入り込める部屋』へ配置させ、探索が始まる。


『怪獣が入り込める部屋』
1→「はじまりの部屋」
2→「応接室」
3→「タネの保存室」
4→「仏間」
5→「和式の庭」
6→「洋式の庭」
7→「バルコニー」
8→「台所」
9→「リビング」
10→「お手伝いさんの部屋」
11→「広間」
12→「地下室」
13→「客間」
14→「古書倉庫」
15→「縁側」
16→「渡り廊下」
17→「桜の部屋」
18→「書斎」
19→「和式の寝室」
20→「洋式の寝室」


『怪獣が入り込めない部屋』
「洋式のトイレ」
「風呂」
「押入れ部屋」
「誰かのお墓の前」


『特殊な条件で開く部屋』
「星華の部屋」→憧憬を10個集めると開く。
「書斎の隠し部屋」→書斎の仕掛けを解く。
「路地裏」→縁側の下から行ける。
「玄関」→地下室の鍵を開けると行ける。
「イフェニオンの花畑」→最終決戦の舞台。


《部屋の解説と憧憬》

 上記に示した部屋の解説と、どの部屋でどの憧憬が得られるのか、どんなイベントが起きるのかを書いてゆく。
 星華の部屋と、イフェニオンの花畑は最終局面の話になるため、この項目では省かれる。
 憧憬には「第1の〜」と番付けしているが、時系列や入手順とは関係ないので執着しなくても良い。


『はじまりの部屋』
 無惨に破壊された部屋。
 壊れた襖と、開けっ放しの窓。窓から飛び降りれば、強制的に「和式の庭」に落ちる。
 幻人は存在しない。
 憧憬は畳の下にある。探索者が畳を調べるか、【目星】に成功で発見可能。


「第1の憧憬・窓際の花」
 窓際に置かれた小さな花壇。そこに咲いている花に近付き、その花を撫でる着物を着たお母さん。ふらふらと近付いた。
 お母さんは振り返り、微笑みかける。

「花が気になるの? やっぱり、私の子ね。もう少し大きくなって、お話ができるようになったら、色々なお花を教えてあげる」
 花瓶に咲く、白い花を見つめていた。大好きな花。


 探索者は憧憬を見て、【博物学】か【生物学】に成功すると、白い花は『イフェニオン』と呼ばれる花だと分かる。
 イフェニオンは、日本では『ハナニラ』とも呼ばれる花だ。星型の花弁が美しい、小さな花。


『応接室』
 洋式の部屋。
 落ち着いた色合いの部屋で、ソファが2つと、綺麗な長テーブルが中心にあり、隅にはティーセットの並べられた戸棚がある。
 長テーブルの上には、決して冷めない紅茶が2つ置いてある。探索者が飲もうとすると、紅茶は消えてなくなる。

 幻人の発生箇所でもある。
 憧憬は戸棚の中で、ティーポットの中。【目星】で発見可能。


「第2の憧憬、お茶会」
 中年のお手伝いさんがお茶を淹れている。気難しそうな顔をしているが、とても優しい女の人。
 ドアからこっそり覗く自分に気がつくと、指を動かし呼んでくれた。

「お茶でもしませんか? 旦那様が長崎から帰って来まして……お高いお菓子のようですよ」
 お手伝いは箱から黒いお菓子を出して、皿に乗せた。
 ソファに自分を座らせ、お茶を飲み、お菓子を食べる。とても甘い。


 憧憬から覚めると、テーブルの上には『貯古齢糖』と書かれた空の箱が置いてある。それはそのまま「ちょこれいと」と読み、【歴史】に成功で、これは明治時代に用いられた、チョコレートの当て字だと分かる。


『タネの保存室』
 和式の部屋。
 小さな倉庫で、床がそのまま土の上にある。非常に暗く、どこからか蝋燭と火を持ってこなければ探索はできない。
 蝋燭と火は「桜の部屋」に。ランプは「書斎」に。行灯は「仏間」にある。
 植物のタネが充填された袋が所狭しと置かれている。

 幻人の発生箇所でもある。この部屋に光を持ち込んだ瞬間に襲い来る。探索者は驚きから、【1/1D6】を行う。
 憧憬は袋の中。光を近付けるとぼんやり輝く為、それを取る。


「第3の憧憬、開花時期」
 浴衣姿のお父さんが倉庫に立ち、本を手にタネ袋を整理している。
 お父さんは後ろから覗いていた自分に気が付いた。

「起きたのかい? おはよう。君の好きな花の開花時期は、3月のようだね。この時期は、こっちの花のタネを植えるべきだ」
 選んだタネを手に乗せ、見せつける。
「マンネンロウ、ハナビシソウ、クロタネソウ、二色のテンジクアオイ」


【博物学】【薬学】【生物学】に成功すると、これらはそれぞれ、「ローズマリー、ハナビシソウ、ニゲラ、ゼラニウム」の和名だと分かる。
 また【母国語(日本語)】に成功した場合は、花の特定までは分からずとも「花の和名」と言うことは分かる。

【目星】に成功すると、壁に彫られた文字に気が付ける。
「怪獣は不浄を嫌う」


『仏間』
 和式の部屋。幻人はいない。
 六畳一間の部屋で、奥に仏壇が置いてある。出入り口は1つしかない。部屋の隅に明かりの灯った行灯があり、持ち出し可能だ。
 仏壇を調べると、寂しげに線香が建てられた、殺風景なものだと分かる。
【目星】に成功で、仏壇の裏に紙が挟まっていることに気付ける。仏壇は【STR×3】で倒せる。
 挟まっていたのは、手紙だ。
「隠し部屋には、2つの気配がする」


『和式の庭』
 綺麗に整備された日本庭園。松の木を中心に、池や石などで彩られた美しい庭だ。
 四方を塀に囲まれている。塀にある2つの出入り口からではなく、塀を飛び越して出て行くと『バルコニー』に飛ぶ。

 ここにいる幻人が、庭の整備をしているようだ。
 池の上に石橋がかけられている。橋の真ん中で池を眺めると、不自然な波紋があることに気付ける。
 だいたい膝までの深さの池に入り、波紋の中に手を入れると入手できる。


「第4の憧憬、変死事件」
 庭の鯉に餌をやる自分の後ろで、お父さんは町の偉い人と話していた。
 その顔はとても、難しそうだ。

「眠ったまま死ぬ? 病気ですか?」

 偉い人は首を振った。
「それがお医者さんに聞きましてもねぇ、いたって悪いところがないとか。それが今日まで10人も同じように死んでましてねぇ。町の人は呪いだとかと、騒いでいまして」

「呪い……?」

「この辺りはまぁ、色々と血が流れましたからね。あなたも危なかったでしょう、貿易の仕事をしていたならば」

「あの、『知事さん』……子どもがいるのでそのような話は……」

「これは失礼。まぁ、あなたもお気をつけてください」
 難しい話はわからないが、困った顔で自分に笑いかけるお父さんに安心する。


 憧憬から覚めると、さっきまで満ちていた池の水がなくなり、死んだ鯉が池の底中に横たわっていた。探索者は【0/1D4】を行う。

 また松の木に【目星】を行うと、彫られた文字を発見できる。
「天誅」

 石の裏には手紙がある。
「悪魔の子を殺せ。殺せ。殺せ」


『洋式の庭』
 小さな噴水と、様々な花が咲く花壇のある壮麗な庭。ここにも幻人が存在し、庭を整備している。
 庭の真ん中には木のテーブルと、椅子が三脚ある。
 四方をフェンスに囲まれ、出入り口はアーチの下の鉄格子の扉が2つ。フェンスを乗り越えることも出来るが、先が尖っているため【登攀】か【跳躍】に失敗で【1D4】のダメージを食らう。乗り越えると『縁側』に飛ぶ。

 憧憬は噴水の中。噴水を覗くと発見し、入手できる。


『第5の憧憬、暴動事件』
 お母さんと花壇の花に水をあげている途中、椅子に座って手紙を読んでいたお父さんが、手紙を破り捨てた。

「ふざけているッ!!」

 お母さんがお父さんに話しかけた。
「どうなされました?」

「すまない、桜……本家の方で、また暴動があったらしい」

「暴動……まだ、止まらないのですね」

「うちの支店が1つ襲われた。店長が怪我をしてしまった……すまないが、僕は先に帰るよ。あの子を頼む」

 お父さんは自分に近付き、抱き締めてくれた。
「お前は何も悪くない……何も……」


 憧憬を見終わると、花壇の花は全て枯れ、噴水の水が汚れていた。驚きから【正気度 0/1D4】を行う。

 テーブルの上には手紙が置いてある。
「いいや、悪だ。滅ぶべき、悪だ」

 憧憬を見終た後では、テーブルの周りに破れた手紙を発見できる。探索者は【機械修理】【電気修理】【製作】に成功し、【1D4】ラウンドで修復が可能だ。
「変死事件の発生は6年前の3月19日だ。これが意味することは、分かるよな?」


『バルコニー』
 西洋風の、彫刻のような模様が美しい手摺りに囲まれたバルコニーだ。出入り口は1つしかないが、手摺りから飛び降りると、『誰かのお墓の前』に行く。
 またバルコニーから下を覗いても、辺りは靄に包まれており、何も見えない。
 ここに幻人は存在しない。

 ここで【聞き耳】に成功すると、上空から流れる音楽が聴ける。単調なフルートの、退屈な行進曲。
 憧憬はバルコニーに置かれたカウチに座ると、突如として目の前に現れる。


「第6の憧憬、別荘に住む」
 ゆらゆら揺れる椅子に、自分を膝に乗せたお父さんが優しく問いかける。

「しばらく、この家に住むことになる。もしかしたら、1年くら……いや。2年、3年……もしかしたら、君が大人になるまで。お手伝いさんもいるし、お休みはどこか、旅行に行こう」

 心地良い揺れと、お父さんの温かさに眠たくなる。お父さんは頭を撫でてくれた。
「これから僕らは大変になる。でも今は、おやすみ」


 憧憬から覚めると、空から白い花弁が散り落ちて来ていた。【博物学】か【薬学】に成功すると、それらはイフェニオンの花弁だと分かる。

 また【目星】に成功すると、手摺りに彫られた文字に気付ける。
「慈悲を見せるな。殺せ」


『台所』
 和式の部屋。昔ながらのカマド幾つかあり、傍らにある棚には桶や水差しなどが並べられている。奥には井戸がある。
【歴史】に成功で、これらは江戸時代のキッチンだと分かる。
 幻人も存在しており、何を作っている様子もなく、フラフラとしていた。
【目星】に成功で、カマドの中にある手紙に気付ける。
「いったい、何時代なんだ?」

 井戸を覗くと、水があるように見える。しかし鶴瓶を操作しても、水が手に入らない。
 探索者が意を決して井戸に飛び込むと、『風呂』のバスタブに辿り着く。


『リビング』
 洋式の部屋。火のついた暖炉があり、高級な絨毯の上にはフカフカのソファがある。幻人は憧憬を取るまで出現しない。
 後は長テーブルと、繊細なタッチで描かれた風景画が壁にかけられている。
 憧憬は暖炉の火を眺めると手に入る。


「第7の憧憬、出て行く母親」
 リビングをドア越しに覗く。
 泣き崩れるお母さんと、疲れた顔のお父さんがいた。

「私、怖いのです……あの子を愛しているのに、怖い……!」

「桜……もう少しの辛抱だ。もう少し経てば、みんな忘れる」

「もう少しって、いつまでですか!」

 怒った後に、お母さんは後悔した顔になって謝った。
「ごめんなさい……誰も悪くないのです……でも、夜な夜なあの子と一緒に寝ようとすると……怖くて怖くて、眠れなくなるのです……どうして、愛しているのに……!」

 お母さんの目の下は、クマが出来ていた。
 お父さんは頷く。
「桜。君は、本家に帰ると良い。無理をさせてしまって、すまない。あの子の病気は、僕がなんとかする」


 憧憬から覚めると、暖炉の火は消えており、部屋は薄暗くなる。
 振り返ると、幻人2体が現れている。探索者は驚きから、【正気度 1/1D4】を行う。即座に【隠れる】をしなければ、幻人に気付かれ攻撃される。
 このイベント以降は今まで通り、幻人を出現させよう。

 憧憬を取った後に長テーブルに近付くと、手紙がある。
「クソみたいな家族愛だ」

 また消えた暖炉の中を覗き、【目星】に成功すると、内側に彫られた文字に気付ける。
「何もしていないからの言って、罪を犯していないとは限らない」


『お手伝いさんの部屋』
 洋式の部屋。出入り口は1つのみ。
 本棚とベッドとテーブルと椅子と言う、寂しげな部屋。
 この部屋に幻人は出現しないが、ベッドの上に置いてある手紙を読むと、椅子に座る灰色の幻人が出現する。
「奥様は何も悪くありません。ただ、事態が我々の想像の及ばない、あまりにも恐るべき異様なのです。僭越ながらしばらくの間、私が奥様の代わりになります。奥様のご命令通り、無償の愛を捧げます。なので、ご安心くださいませ」

 突如現れた灰色の幻人に、探索者は驚きから【正気度 0/1】を行う。
 灰色の幻人に敵意はなく、また白い幻人と違って目や口から黒い液を流していなかった。
 幻人は椅子から立ち上がると部屋の扉を開ける。何もいないのに、幻人は何かがいるようにもてなしている。【アイディア】に成功で、幻人の姿は割烹着を着ていると分かる。

 幻人が本棚に近付くと、突如として崩れる。崩れた後の灰の中に、憧憬があった。


「第8の憧憬、手紙の束」
 お手伝いさんは本棚から一冊の本を取り出した。

「今日は何のお話をしましょうか……そうです。私の古い友人の話でもしましょう。この方は今度お屋敷にもお訪ねられる、あの方の弟子でした」

 本かと思ったものは、数々の手紙を1つに繋げたものだった。お手伝いさんは「大事な人たちの手紙で、こうでもしないと失くしてしまう」と言う。

「どこにあったか……あぁ、ありました。私は昔、この人のお手伝いをしていましてね。『お慶さん』と言う人のところで働いていて、そのツテで友人になれたのです」

 お手伝いさんは悲しげに呟いた。
「もう死んでしまいましたけど」


 探索者は【アイディア】に成功で、お手伝いさんの見せた手紙には『大浦 慶』と『坂本 龍馬』の名前が書かれていたことに気付ける。
 また【人類学】【歴史】に成功すると、彼女の言ったお慶さんとは、幕末の時期に日本茶輸出貿易で成功を収めた女商人『大浦 慶(おおうら けい)』のことだと分かる。坂本龍馬ら亀山社中(海援隊)とも親交があり、彼らの世話をしたとも言う。
 日本茶の輸出に関しては先駆者であり、その手腕が認められ、明治12年当時のアメリカ大統領が長崎に寄港した際は国賓として招かれている。

 憧憬から覚めた後に本棚を見ると、その手紙の束を見つけられる。しかし中身は白紙だが、「本を入れる順番は、まず栞を見ること。葉の数が少ない順」と書かれた手紙だけ見れる。
 これは春風の書斎で、隠し部屋を見つける手掛かりだ。
 尚、諸々のイベントが終わると、この部屋にも幻人が出現するようになる。


『広間』
 和式の部屋。広さ10畳の大広間。襖に囲まれているが、開くのはその内の2つのみ。
 幻人の出現箇所でもある。
 畳しかない部屋だが、【聞き耳】に成功で、ある畳の下から空気の漏れる音が聞こえる。
 その畳を返すと、下から憧憬が見つかる。


「第9の憧憬、襲撃」
 広間にはお父さんとお母さんと、自分の3人。
 お父さんは怒ったような顔をして、お母さんは泣きそうな顔になっていた。

「軒先きで暴れている者がいる。ここに隠れていなさい」

「平気なのでしょうか……?」

「僕だってやる時はやるよ」

 お父さんは友人から譲り受けたと言う、西洋の銃を取り出す。
 奥から叫び声が聞こえる。襖を開け、護衛の人が入って来た。
「旦那さん!! 奥さまと、お子さまを奥座敷へ!! 5人、入ってきやがります!!」

 お父さんは銃を取り、立ち上がった。
 叫び声がまた聞こえた。

「子どもを殺せッ!! 化け物がッ!!」
「町を守るんだッ!!」


 憧憬から覚めると、大広間は斬り合ったかのようにズタズタに荒れていた。探索者は驚きから、【正気度 0/1D4】を行う。
 また、広間の真ん中には灰色の幻人が倒れていた。赤い液体を流して、動かない。【アイディア】に成功で、憧憬に出た護衛の男に似ていると分かる。
 姿は着物で、髷を結わえた、侍の姿だ。声は出していないが、口をパクパク動かしている。
【母国語(日本語)】か【心理学】に成功すると、読唇術によって何を言っているのか分かる。

「下級の武士までいたとは。疑いの目は町人どもだけではないのか」
 幻人は崩れ落ち、その灰の中から手紙が現れた。

「怪物な訳がありません。お子さまは奥さまに似て誰よりも美しく、清らかな方です」


『地下室』
 和式の部屋。穴蔵のようだ。入り口は1つしかない。蝋燭と火、ランプや行灯の光源を持って入ると、奥にある鍵のかかった、この場にはやけに不自然な鉄の扉を発見出来る。鉄の扉の先は、『玄関』に通じる。
 鉄の扉は【鍵開け】に成功で、【1D6ラウンド】かけて開けられる。その間も怪獣は移動し、発見された場合は逃げなくてはならず、鍵開けもラウンドもリセットされる。
 鍵は『押し入れ部屋』に隠されている。

 中には保存食や書物が置かれてある。幻人は存在する箇所でもある。
 また保存食や書物が入った袋らしいが、袋は膨れているのに開けると何もない。

 探索者が【目星】に成功すると、壁に彫られた文字に気が付ける。
「みんな壁とかに彫り過ぎだろ」


『客間』
 和式の部屋。六畳ほどの部屋で、中心に置かれた卓上には湯呑みがある。中身は空っぽだ。
 幻人の出現箇所でもあり、幻人はまるで誰かを待つかのように部屋で座布団を敷き、正座していた。
 憧憬は幻人を全員倒すと、現れる。


「第10の憧憬、ハナニラ」
 客間にはお母さんと、知らない女の人がいた。
 お母さんはその女の人を、「今日からあなたのお世話をしてくれる、お手伝いさんよ」と紹介する。
 自分は持っていた花を、お手伝いさんに渡す。

「ありがとうございます……これは、ハナニラでしょうか?」

「あら、ご存知で」

「私の田舎……長崎ですけどね。そこでも、良く見られましたから」

「私もこの子も、その花が好きなんですよ」

「ハナニラを?」

「星の形をしていて、綺麗でしょ? この花が、この子の名前の由来でもあるのです」

 お手伝いさんは花を嗅ぐ。
「……確かに綺麗な花弁ではありますされど」

 お母さんは困ったように笑う。
「匂いは仕方ないわね!」


 探索者は【生物学】【博物学】【薬学】に成功で、ハナニラとは「イフェニオン」とも呼ばれる花だと分かる。星のような形の花弁をした小さな花だが、匂いがニラに近いため「ハナニラ」と呼ばれている。

 憧憬から覚めると、お茶の入った湯呑みと手紙が現れる。
「お疲れさまです」
 お茶は飲もうとしても、中身が消えてしまう。


『古書倉庫』
 和式の部屋。ずっしりと、古い本が四方にある本棚に詰められている。
 幻人の出現箇所でもある。

 ロール無しでも一冊読めるが、【図書館】を振り、成功か失敗かクリティカルかで読める書物が変わる。ファンブルは特別に無効として、普通に失敗にする。


・クリティカルで成功した場合
「サイハイラン。花期は5〜6月。淡紫褐色の花を10〜20、下向きにつける。形がイクサで指揮官が用いる『采配』に似ている為、この名がついた。普通、葉は一枚だけ」

・成功した場合
「カタクリ。タネから発芽し、花をつけるまで7〜8年を要するが、花をつけてから枯れるまでは早い。ただカタクリ自体の寿命は40年だと言う説もある。花弁は淡紅紫色。古くは『堅香子(かたかご)』とも呼ばれる。葉は二枚ある。 」

・失敗した場合
「カタバミ。春から秋にかけ、黄色の花を咲かせる。草は『酢漿草(サクショウソウ)』とも呼ばれ生薬になり、消炎・解毒・下痢止めにもなる。土佐の長曾我部(ちょうそかべ)家の家紋にも使われている。葉は三つ葉」

・ロールをしない場合
「エゾノヨツバムグラ。5〜7月にかけて、小さな花を咲かせる。湿り気のある林や山奥でよく生えている。名前の通り、葉は四つ葉」


 これらは春風の書斎にある隠し部屋を開く、謎解きのヒントだ。


『縁側』
 淡い陽光の照る縁側。真横にある襖から別の部屋に行ける。幻人の出現箇所でもある。
 縁側から降りると玉砂利の庭があり、靄の中を進めば『広間』に着く。
【目星】に成功すると、柱に彫られた文字に気が付ける。
「子どもの時、縁側の下に潜らなかった?」

 この縁側の下に潜ると、探索者は『路地裏』に行ける。


『渡り廊下』
 長い長い渡り廊下だ。廊下は踏むと音が鳴り、【歴史】【博物学】に成功で「鶯張り」だと分かる。敢えて音が鳴るように作られた床で、誰かが歩いていることを知らせる役割がある。

 入り口は1つしかなく、奥に行くと開かずの扉に当たる。この扉こそ、『星華の部屋』に続く扉であり、憧憬を一定数集めていない内は開くことはない。
 渡り廊下から飛び降りると、【KPが1D20】を振り、出た目の部屋に飛ばされる。


『桜の部屋』
 和風の部屋。出入り口は1つのみ。窓があるが、外は暗く、格子が外れないようになっておる。
 五畳の部屋で、薄暗い。物書き机の上にある蝋燭と火が部屋を照らしている。蝋燭と火は持ち出し可能だ。
 幻人は存在しない。探索者が机に近付くと、襖が開く音が鳴る。
 立っていたのは、灰色の幻人だ。探索者は驚きから、【正気度 0/1D4】を行う。

 その幻人は浴衣を着た女性に見える。幻人は机の前に座ると、何かを書き始める。探索者が何を書いているのかを覗き込むと、そのまま憧憬が現れる。


「11の憧憬、星の願い」
 自分は布団の中にいて、横にお母さんが寄り添ってくれていた。

「ほら、見て」

 窓に目を向けた。たくさんの流れ星が見える。
「ねぇ。綺麗な流れ星でしょ? 今日は流星群の日ですって。西洋の人たちは、流れ星にお願い事をするらしいの。流れ星が消える前にお願い事をすれば、それは叶うって」

 お母さんはなぜか、泣きそうだった。
「……私ね、あなたに何があったのか分かるの」

 頭を撫でてくれる。とても心地よくて、眠くなる。
「えぇ、分かるわ。あなたを、お腹を痛めて産んだのよ。誰よりも分かる。もちろん、お父さんも分かってくれている。だから今も、頑張ってくれているのよ」

 瞼が落ち始める。
「あなたの名前の由来……私たちのお星様。何よりも綺麗な花。眠る前に、お星様に願いましょ?」

 お母さんは深く、抱きしめてくれた。
「……いつか、あなたの病が、治りますように」

 腕が震えていた。窓の向こうの流れ星は消えていた。


 憧憬から覚めると、目の前にいる幻人は泣いているように、目を押さえていた。指の隙間からポタポタと、水が落ちていることに気付ける。
 そのまま幻人は崩れ、その灰が机の上の紙に落ちる。すると紙の表面に、文字が浮き出た。

「星の花に、願いを込めて」


『書斎』
 洋式の部屋。出入り口は1つ。明記はしないが、春風の部屋だ。幻人の出現する箇所でもある。
 四方を本棚に囲まれ、部屋の隅には大きな机がある。机の上は積まれた6冊の本と、白紙とペン、あとランプが置かれている。ランプは持ち出し可能だ。
 部屋の中心にはビリヤード台が置いてある。
 探索者は【図書館】ロールの成功、不成功で以下の情報が得られる。


・成功の場合
 アケビ。花は4〜5月に咲く。受粉に成功した雌しべは成長し、9〜10月頃に成熟して果実となる。そのままでも食べられるが、地域によっては料理に使用される。アケビの蔓は籠を編むための材料としても使われる。葉は5枚。

・不成功の場合
 オククルマムグラ。花期は6〜7月。茎や葉の裏面に、下向きの刺状毛がある。葉は6枚。


 机に積まれている本を見ると、それぞれの本に栞が挟まれている。また本棚には、その6冊が入れられていたであろう隙間がある。
 栞に使われている花の、葉が少ない順に本棚にしまうと、隠し部屋が開く仕掛けになっている。
 ビリヤード台には手紙があり、『謎を解く鍵は、古書倉庫と家政婦の部屋』とある。

 探索者はビリヤードで遊ぼうとすると、憧憬が得られる。


「第12の憧憬、憧れの場所」
 部屋に入ると、玉突きで遊んでいるお父さんを見つけた。自分を見つけると、笑いかける。

「良いだろう? 英国領事館の友人に譲ってもらったんだ。それより、どうした? もう遅い時間じゃないか」

 自分には行ってみたい場所があった。そこに行きたいとお父さんにお願いすると、難しい顔になる。
「残念だけど、井土ヶ谷(いどがや)にはまだ帰れない。まだ、その……怖い人たちがいるからね。それより、行きたい所?」

 場所を言うと、お父さんは頷いた。
「……そうか。ここに住む時に出来た所か。まだ行けないけれど、そうだね。まずは、写真を撮って来るよ」


 探索者は【博物学】【考古学】【ナビゲート】【歴史】に成功で、井土ヶ谷とは横浜の『南区』の古い名称だと分かる。
 幕末に、攘夷浪士による有名なフランス士官殺傷事件「井土ヶ谷事件」のあった場所だ。

 隠し部屋を開くには、謎を解く必要がある。
 6冊の本の栞に使われている花はそれぞれ、エゾノヨツバムグラ・カタクリ・オククルマムグラ・カタバミ・アケビ・サイハイラン。花の名称は【知識】【博物学】【薬学】、或いは書斎にある花図鑑を【図書館】で手に入れて調べてから分かる。

 栞に使われている花の、葉が少ない順から本棚に差し込まなければならない。順番は、サイハイラン→カタクリ→カタバミ→エゾノヨツバムグラ→アケビ→オククルマムグラとなる。
 それらの順番通りに入れると、その本棚が襖のように横に退け、道が出来る。

 尚、失敗した場合、全ての本を取り出してやり直しになるが、それらも探索者の一行動とみなし、怪獣が移動を始める。

 書斎の机の上を【目星】すると、乱雑に置かれた紙の中から手紙を発見できる。
「あれは、屋敷とは違う場所にある。あの子は、憧れだけでも守りたかったのだろうか」


『和式の寝室』
 布団がいくつか敷かれた部屋。幻人が出現する箇所でもある。
 枕元に手紙があり、それを開くと憧憬が手に入る。


「第13の憧憬、医師の診断」
 お髭が立派なお医者さんが診察器具を鞄に戻す。
 心配そうに見るお父さんとお母さんの前で、首を傾げた。

「お子さんに病の気配は感じられません」

 お母さんがお医者さんに話しかける。
「そんな……! もっとちゃんと、診てください!」

「言われましても……健康なことは良いことと、私は思いますよ」

「この子の周りで、色んな人が眠ったまま亡くなられているんですよ!?」

「その件については医師会の要望通り、私も調べておりますが……お子さんとの因果関係はないでしょう」

 必死に訴えるお母さんを、お父さんは止めた。
「桜、『高松先生』は立派な先生だ。多くの人を救ってきた方だ。その人の言うことなんだから、その通りだろう。今日は例の病の調査の為に、函館からわざわざいらっしゃったんだ」

 高松先生は落ち込んだ表情をしていた。
「この辺りの、人が眠ったまま死ぬ病は……私がフランス留学をしていた時さえも聞かない症例です。お子さんが心配なのは分かりますが、現状は健康だと保証します」

 高松先生のお話を聞いても、お母さんは「違う、違うんです」と首を振る。


 憧憬から覚めると、手紙には「この町に私が滞在している間は、何かあればまた、お呼びください。高松 凌雲(たかまつ りょううん)』と書かれていた。
【人類学】か【歴史】【医学】に成功で、高松凌雲とは幕末から明治にかけて活躍した医者だと分かる。彼は医師会の支援を受け、貧しい人々を無料で診察する『同愛会』を設立した人物だ。


『洋式の寝室』
 キングサイズのベッドが据えられた部屋だ。
 幻人の出現する箇所でもある。
 特に目立ったもののない部屋だが、【目星】に成功でベッドの下の手紙に気が付ける。
「また眠れってのか」

 ここは、隠し部屋での条件を満たしてベッドで眠ると、記憶を取り戻した春風と合流出来るイベントが待っている。


『洋式のトイレ』
 怪獣が入り込めない部屋。出入り口は1つのみで、狭い為に1人しか入れない。幻人が1体だけ、便器に座っている。
 探索者が便器に座ると、出入り口の扉の後ろに文字が彫られていることに気付ける。
「今はこんな事をしている場合ではない」


『風呂』
 洋式のバスタブのある部屋。出入り口は1つのみ。狭い為に1人しか入れない。幻人は存在しない。
 バスタブには水が張られている。そこを覗き込むと、憧憬が手に入る。


「第14の憧憬、枯れた花」
 お父さんが自分を、お風呂場に隠す。
「ここにいなさい。大丈夫、すぐに終わる」

 お父さんは出て行き、扉を閉める。
 少ししてから、怒り声が聞こえた。

「お前の本家のある町でも、同じことが起きているようだな!!」

 お父さんの強い声が響く。
「偶然だ!」

「偶然な訳があるもんか! 横浜の偉い人がわざわざ、教えてくれたんだ!!」

「横浜の……!? それは、誰ですか!?」

「『知事さん』だとよ!」

「知事が……!? なぜ……!?」

 一際大きな声が聞こえた。
「あのガキは、日本の為に死んだ方が良いとさ! 化け物めッ!!」

 自分の手の中にある、お母さんが送ってくれたハナニラは、枯れていた。


 憧憬から覚めると、浴場の床やバスタブの水面にはイフェニオンの花弁に満ちていた。まるで雪原のようだ。

 バスタブの中に探索者が入ると、『洋式の庭』の噴水から出られる。


『押し入れ部屋』
 三畳ほどの部屋に、押し入れが並べられた部屋。幻人はいない。あまりに狭い為、探索者は1人しか入れない。出入り口は1つのみ。
 探索者は押し入れを開けると、手紙を発見出来る。
「どうだい。押し込められた気分は」

【幸運】に成功すると、押し入れの中から錆びた鍵が手に入る。これを使い、『地下室』の扉を開けることが出来る。


『誰かのお墓の前』
 ここへは『バルコニー』から飛び降りることで行ける。幻人は存在しない。墓石から背を向けると、どこかの部屋に飛ぶ。
 辺りは靄に囲まれている。大きく立派な墓石だが、名前の部分が削られ、誰のお墓なのかは分からない。
 墓石の前には、おはぎや水の入った器のお供え物がある。食べようとしても、なぜか動かせない。

 墓石に手を合わせると、憧憬が手に入る。


「第15の憧憬、父親の秘密」
 お墓詣りをするお父さんを、自分は隠れて見ていた。

「……お父様も、そうだった。あなたも、夢に囚われた人だ。僕もそうだ。眠ると、知らない世界に行ける。僕らはそう言う家系なんだろう」

 お父さんは桶に溜めていた水を、乱暴に墓石へばら撒いた。
「……あんた。あの世界で何をした……? 何を捧げた……? あの子の呪いは、力は……あんたの仕業なんだろ……? あの子を利用しようとして……」


 憧憬から覚めると、乾いていた墓石はしとどに濡れていた。
【オカルト】に成功で、『ドリームランド』について思い出せる。我々の住む世界とは違い、意識の奥底にあるとされる世界だ。そこに行ける者を人は、『夢見る者』と呼ぶ。


『書斎の隠し部屋』
 書斎の謎解きに成功すると入れる部屋。入り口は1つのみ。幻人は存在しない。
 天高く、どこまでも続く本棚に囲まれた、幻想的な場所だ。探索者はここに入った途端、本棚に入ったたくさんの本がひとりでに動き出し、また本棚に埋まるを繰り返す奇妙な光景を目の当たりにする。

 しばらくすると本の移動は止まる。
 見ると本の背表紙の色を使い、1つの写真を表現していた。その写真は白黒で、何かの建物のようだ。
 その時に憧憬が現れる。


「第16の憧憬、グランドホテル」
 お父さんが何かを、嬉しそうに持ってきた。

「僕の古い友人に無理を言ってね……写真を撮って来てもらったよ!」

 幾つかの写真を見せる。
 そこには夢にまで見た、憧れの場所の様々な部屋が写されていた。

 客室、食堂、遊戯室、お酒を飲むところ、大広間。どれも見たことのないモノばかり。
「一度、行ってみたいものだな……『横浜グランドホテル』」


 憧憬から覚めると、本棚の写真は消えていた。探索者は【博物学】【歴史】に成功すると、横浜グランドホテルについて思い出せる。内容は、《グランド・ホテル》の項目で記したことを伝えれば良い。

 また、ここでは15個以上の憧憬を集めていた場合に、イベントが起こる。憧憬を15個集めた状態で第16の憧憬から覚めると、手紙を手に出来る。
「僕のベッドで眠るんだ。奴は焦っている。早く」

 探索者はこの手紙を受け取った直後、天井を突き破り怪獣が到来する。探索者は【正気度 1/1D6】を行う。
 手紙を受け取った探索者は、怪獣の追跡を回避し、『洋式の寝室』に行かねばならない。そこのベッドに眠ると、記憶を取り戻した春風と合流し、分岐エンドの挑戦権を掴める。

 尚、寝室に辿り着くまでに気絶したり、眠ったとしても、普通にホテルに行くだけ。ベッドで寝るプロセスがなければならない。またこのイベント中にホテルに戻れば、回数を問わず春風が消失する。
 記憶を取り戻した春風と共にこの部屋に来ると、新たな憧憬が手に入る。


「第19の憧憬、暗雲」
 この憧憬、あの子……星華のものではなく、僕のものだろう。
 与えた写真持ったまま僕に手を振り、出て行く娘。それを見送ると僕は、髪を掴んで机に突っ伏している。

「もう、限界だ……! この町の人間も勘付きやがった……! あの子を……本家でもあったように、殺すつもりだ……! もう、町ぐるみで監視してやがる……逃げられない。助けも……!」

 僕は戸棚に近付き、隠していた拳銃を取る。
 あの子を守るためなら、誰でも殺せる。

 僕は怪物になってやる。


 憧憬から覚めた後、春風は「結果は……さっきの通りだよ」と自嘲気味に笑う。


『路地裏』
『縁側』の下に潜ると、ここに辿り着く。どこかの町の路地裏のようだ。
 探索者は道を進むと、前方から大勢の幻人がゾロゾロとやって来る。【正気度 0/1D4】を行う。
 気付けば後ろからも来ており、探索者は囲まれてしまう。その時に憧憬は手に入る。


「第17の憧憬、陰口」
 お父さんとお母さんに連れられ、町を歩く。
 ふと見た路地裏に、自分を怖い顔で睨む人たちがいた。

 声は聞こえない。お父さんが自分の前に立ち、隠してくれた。でも、何を言っているのかは分かる。

「化け物め。化け物の、家族だ。あのガキは、人の魂を食らう、鬼だ」


 憧憬から覚めると、幻人はいなくなる。
 路地裏を真っ直ぐ進むと、縁側に戻っていた。


『玄関』
 地下室の扉を抜けた先にある場所。洋式の玄関で、眼前にはドアがある。振る向き、ドアから背を向けると地下室に戻る。
 探索者はドアを開けると、灰色の幻人に遭遇する。整えられた髪をした、凛々しい顔付きをした中老くらいの男性だ。立派な着物を身に付けている。

 男性は頭を一度下げると、憧憬が現れる。


「第18の憧憬、かの有名な」
 場所は居間。暖炉の火に当たりながら、お客様はソファに腰掛けている。
 自分に気がつくと、微笑みながら会釈する。
 お父さんはお手伝いさんにお茶を淹れさせ、丁重にもてなす。

「まさか、わざわざ来ていただけるとは……色々と、ご多忙な身のはずでは」

 お客様は砕けた様子で話す。
「いやいや! 江戸城の件で、君には世話になったからなぁ。それにほれ、西洋風の別荘を建てたとあったら、見に行きたくなるもんだろぉ! どれ、一杯どうだ?」

「子どももいますし、下戸ですのでご遠慮します……まさかそれだけの為に、ではありませんよね?」

「ん〜……まぁ、な?」

 お客様は自分の方をちらりと見た。
「……例の夢遊病騒ぎ、こっちでも起きたらしいな」

 黙り込むお父さん。お客様は少し考えてから、自分の方を向く。満面の笑み。
「やぁ、はじめまして! 俺を知っているか? 知っているだろぉ。俺が、かの有名な…………」


 憧憬から覚めると、目の前にいた幻人が喋り始める。

「人は恐れるもんだ。俺が犬を怖がるように、みんな恐れを持って生きている。
 だが、恐れるだけが人じゃねぇのよ。帆のように恐れを受け、新たな世界へ旅立てる船を、俺たちは持っている。
 船の名は『憧れ』で、それこそが『夢』だ。
 恐れそのものを恐れ、牙を向けるだけじゃ、鬼か獣か怪物さ」

 ドアが閉まり、幻人の姿が見えなくなる。探索者がドアを押しても引いても、開かなくなった。
 探索者は【人類学】【歴史】に成功すると、幻人の見た目と「犬を怖がる」の発言から、もしや彼は『勝 海舟』ではないかと気付ける。

 勝海舟は幕末から明治にかけての武士であり、政治家。日本海軍の祖として、艦隊を整えた人物であり、歴史的な和平交渉『江戸城明け渡し』の立役者として有名だ。これによって江戸を戦火に晒すことなく新政府軍に明け渡し、100万人を救ったと同時に明治への足掛かりを作ったとも言われている。
 犬を怖がると言うのは、勝海舟は9歳の頃に野良犬に襲われており、それから生涯に渡って犬がトラウマだった話からだ。
 彼を師匠として慕っていた有名な人物に、坂本龍馬がいる。一度は海舟を殺しに来た龍馬を諭し、弟子にした話は有名だ(この話には、否定の論調が強い)。
 また武士でありつつも刀を抜かないようにしていた彼へ、龍馬がつけた護衛が岡本以蔵と言うのも有名。

《弥生春風》

 探索者が憧憬を15個入手し、怪獣から逃れ、寝室のベッドで眠るとこのイベントが始まる。ここで春風と合流することが、エンドロールの分岐点だ。
 探索者が目を覚ますと、見覚えのある客室。時計の針は『20時36分』。その時計の下にあるソファに座っている人物は、探索者にとったらホテルマンの男だ。

「20時36分。この時間に、あの子は死んだ。それからは、時間は止まったままだ」
 ホテルマンは立ち上がる。彼は探索者の集めた憧憬の影響で、弥生春風としての記憶を取り戻せたようだ。

「ここはあの子の憧れ。連れて行ってやれなかった、夢の場所。改めて自己紹介するよ。僕は弥生春風……この世界の主、『弥生星華』の父だ」
 彼は事の顛末を話してくれる。
 自分には『ドリームランド』に行ける力があり、父親の代からそうだった事。
 星華の力は自分から受け継いだものか、あるいは何者かの打算によって押し付けられた力である事。
 そもそも星華の力とは、自分の夢に他人の意識を引きずり込む能力で、死して尚も彼女の力は残留し、人々を引き付けている事。
【アイディア】に成功すると、探索者が忘れていた、『古い街の不吉な噂』を思い出せる。それこそ、「眠ると2度と目覚めない、原因不明の風土病がある」だった。

 彼の説明によれば、横浜の本家で星華の能力がバレ、『小樽』近郊にある別荘に逃げた。しかし横浜の人間による告発でそこでもバレてしまい、暴動を起こした住民らに自分もろとも殺害されたらしい。
 しかし星華が眠っている時に殺害した為、彼女は自分の夢に囚われ、同時に自分の力を止める事が出来ず、何十年に渡り人々を引き付け続けてしまった。そして彼もまた、彼女の夢に囚われた。

 彼は記憶を無くしてしまい、流れ着いたホテルの支配人だと信じ込んでいたが、憧憬を集めた影響で記憶を取り戻したらしい。
 春風は「怪獣が抜き取った星華の記憶である憧憬は戻りつつある。眠りについたあの子を目覚めさせられる」と話し、彼女の元に連れて行って欲しいと主張する。

 探索者がホテルから、元のベッドに戻ると、着物姿の春風が壁に凭れ、探索者を待っていた。
「目覚めたね……いや。最初から僕らは目覚めていないか。行こう、あの子の元へ」
 以下、春風は探索者と行動を共にする。幻人に襲われるし、怪獣にも追われる。KPは春風にも同じ処理をしなければならない。途中、春風が怪獣などに殺された場合、エンドロールの分岐は無くなる。
 ただ彼は『拳銃』を所持しており、ロールによっては怪獣の目を撃ち、一旦退散させる事も可能だ。

 春風へは道中、以下の質問が可能だ。


・怪獣とはなんだ。
「あの怪獣は、覚醒の世界にも、ドリームランドにも行けない、半端な生命体だ。曖昧な存在だからこそ、この世界に惹かれたんだ。他の何よりも夢を抱いた、哀れなやつだ」

・なぜ今も人の魂を引き寄せる。
「あの子は、寂しいんだ。あの怪獣が、寂しさを引き出したんだ。だから、人間の魂を呼び込む。寂しさを埋める為に……それを、利用されているんだ」

・あのホテルはなんだったんだ。
「私にも良く分からない。この屋敷の世界とは違う……思うんだ。あのホテルは、あの子の憧れだった。憧れと、思い出は違うから、ではないかな」

・どうやって出るつもりか。
「星華の目を覚まさせる。あの子は怪獣に眠らされている。あの子の眠りを覚まさせる方法はある……眠りが覚め、力を取り戻せば、君たちを出してくれるだろう」


 また、彼は「タネの保存庫に連れて行って欲しい」と話す。ここに連れて行き、彼がローズマリー、ハナビシソウ、ニゲラ、赤と黄色のゼラニウムのタネを取る。
 これによって、『THE END』の条件が揃う。

《ラストシークエンス》

 憧憬を10個以上集めると、探索者全員に何処かの場所でガチャリと、鍵が開けられた音が聞こえて来る。『渡り廊下』の先にある星華の部屋が、開かれた。
 探索者が渡り廊下に行くと、廊下の途中に立つ幻人に気が付ける。黒い液を流していない、純白の幻人だ。その姿は着物を着た幼い女の子に見える。
 探索者が近付くと、幻人は廊下の先へ逃げ始める。その途中、祈るように立つ別の幻人たちがいるが、その数は探索者らが集めた憧憬の数に比例させよう。またこのシークエンス中は、怪獣は渡り廊下に入ってこれない。
 春風が同行している時、その幻人を見た彼は「星華だ。星華の意識は、完全に途絶えていないんだ」と呟く。
 扉の前に1人が来たとしても、全員が揃うまで待機させよう。

 探索者が開かれた扉の前に来た時には一応、「本当に入りますか?」と聞いておこう。
 PLは、憧憬の数が展開を変えるのではと考え、足りない憧憬を探しに行くかもしれないし、或いは覚悟を決めて入るかもしれない。
 尚、この扉を潜った後は、自主的にホテルへ行けなくなる。


『ヘブンズステアーズ』
 中に入ると、天高く作られた螺旋階段がある。【目星】に成功すると、純白の幻人が階段の遥か上にいる事が分かる。
 探索者らは階段を登る。しかし暫くし、地面が靄に包まれ見えなくなった頃、階段が大きく揺れた。

 探索者は【STR×4】に成功しなければ、階段から落ちてしまう。階段から落ちてしまった探索者を見た、他の探索者は【正気度 0/1D4】を行う。
 また春風が同行している場合、彼は問答無用で階段から落ちる。
 落ちた探索者が靄に包まれ、見えなくなった後に、階段を這い上がって来る怪獣が見える。探索者は【正気度 1/1D6】を行うこと。

 探索者は怪獣との【DEX対抗ロール】を8回ロールする。もし成功回数が8回中で4回ならば、怪獣から逃げ果せる。しかし失敗回数の方が多い場合、探索者は怪獣に噛まれ、【1D8】のダメージを食らう。
 ダメージによって気絶してしまった場合は、その探索者も階段から落ちてもらう。
 意識を保てたのなら、ダメージを負いながらも階段の頂上には全員行ける。
 頂上にある小さなドアに入り込もうとした時、階段は崩れ、怪獣は落ちる。


『落ちた探索者たち』
 ロールに失敗、或いは怪獣の攻撃によって階段下に落ちた探索者がいる場合は、こっちの展開も行う。場合によって探索者全員が落ちる可能性もあるが、それでも構わない。
 同行していた場合、春風もここにいる。

 探索者が目を覚ますと、そこはホテルのエントランスだ。しかしレストランや遊戯室、バーや客室は封鎖され、入られない。
 気絶したり、酷い怪我を負った探索者がいる場合は、ホテルカウンター裏を調べると医療セットがある為、【応急手当】に補正をつけて回復しても良い。

 準備が整うと轟音が響き、天井を破壊して怪獣が落ちて来る。探索者は【正気度 1/1D6】を行う。
 探索者らは咄嗟に、エントランスの柱やソファの裏、カウンター裏に隠れる。体勢を整えた怪獣は、隠れた探索者を探そうと頭を伸ばし、辺りを見渡し始める。
【隠れる】に成功すると、怪獣に気付かれることなくやり過ごせる。失敗した場合は怪獣側の【目星】を振り、これに成功したのなら探索者は見つかってしまう。
 見つからなかった場合は、怪獣は捜索を諦めて落ちて来た天井から出て行き、いつの間にか発生していたホテル出口から探索者たちは出られる。

 見つかった場合、その出口が急遽発生し、発見された探索者はそこまで逃げねばならない。怪獣との【DEX対抗ロール】に競り勝てば、逃げ果せる。
 競り負ければ【回避】に成功しなければ、【1D8】のダメージを負う。その処理が済めば、また対抗ロールだ。

 その間、見つからなかった探索者は、逃げている探索者の補助が可能だ。【幸運】でエントランスに落ちている、天井の破片やらペンやらを拾い、【投擲】に成功で怪獣の眼を捉え、怯ませられる。
 或いは自ら姿を現し、囮にもなれる。囮になる場合は、【回避】に成功で怪獣の攻撃を避けられる。失敗の場合、【1D8】のダメージを負う上、先の探索者の二の舞になる。
 春風がいる場合、彼は拳銃で怪獣を攻撃してくれる。怪獣はそれに怯み、探索者を逃してくれるが、今度は彼が狙われる番だ。

 何にせよ怪獣は誰か1人を取り逃がしたのなら諦め、天井から出て行く。そのあとは隠れ切った探索者らも、出口に行ける。
 そこに出るとそのまま、《イフェニオンの花畑》に行く。

《星華の部屋》

 階段を登り切り、ドアに入れた場合はここに辿り着く。
 入った場所は、洋式の部屋。西洋人形や、日本のコマやお手玉などのオモチャが並べられた部屋。
 純白の幻人は立ち止まり、探索者の前で崩れると、最後の憧憬が現れる。


「第20の憧憬、怪獣」
 これは夢に囚われた時の話。
 私の夢に、誰かが迷い込む。その人たちは私を見つけると、殺そうと襲いかかる。
「殺したハズなのに」
「あのガキを殺せば出られる」
「化け物を殺せ」
「八つ裂きにするんだ」

 その時、空に流れ星を見つけた。その流れ星は、私の眼の前に落ちる。
 呆然とする迷い人たちを、流れ星から現れた怪獣は食べてしまった。

 怪獣は、私の記憶を抜き取り、私が出会った色々な人の声で話す。
「お前は数々の人に嫌われている」「母親にも嫌われているな」「お前は永遠に一人ぼっちだ」

 空から退屈な行進曲が流れる。
 段々と、まどろみ、はじめる。
「この夢は、終わらせない」


 憧憬から覚めると、純白の幻人は消えていた。
 代わり、幻人が立っていた場所にベッドが存在していた。その上で眠る、あどけない表情の童女。
 彼女こそが原因にして、この世界の支配者『弥生 星華』だ。


『その眠りを覚ます』
 探索者は持っている憧憬を彼女に捧げることで、星華の眠りを覚まさせる。
 彼女は目を覚ますが、その目に光はない。まばたきはするものの、その身体は植物人間のように動かない。
 憧憬を戻すだけでは足りない。【医学】に成功すると、まるで彼女は『寝惚けている』ように感じられる。身体は起きているが、魂はまだ眠ったままだ。
 彼女の魂を起こすには、春風が作った『香水』しかない。


『幻人の暴動』
 星華の部屋がこじ開けられ、10人以上の幻人が姿を現す。探索者は驚きから、【正気度 0/1D4】を行う。
 幻人たちは相変わらず、喋っているように口を動かしてはいるが、声は聞こえない。【心理学】に成功すると、彼は「殺せ」「化け物を殺せ」「町を守れ」と喋っていることに気が付ける。

 問題は幻人たちの出す、黒い液体だ。黒い液は部屋の床にどんどんと溜まって行く。まるで重油のように、探索者らの足に絡まり動きを封じる。
 その溜まった液体から、怪獣が姿を現した。怪獣は幻人に守られるようにして権限するが、突然、周りの幻人を攻撃、全員を破壊する。
 酷く暴れるため、部屋は軋み、壊れて行く。崩れるかと思いきや、部屋は灰のように消えた。

 代わりに現れたのは、白い空と薄霧に囲まれた、一面の白い花の花畑だ。
 星華は探索者らの前で、花畑に埋もれて眠っている。

《イフェニオンの花畑》

 白い花弁が、風に吹かれて空に舞う幻想的な場所。怪獣は花畑に舞い降り、探索者らを睨みつけている。

 探索者らはハッキリと聞き取れる。天からそそぐ、単調なフルートの、退屈な行進曲だ。
 怪獣は天に向かって吼える。泣くように。


『星華の願い』
 怪獣はとうとう、探索者らの方へ突っ込む。その瞬間、声が聞こえた気がした。
「私を、殺して」

 階段から落ちた探索者らは、このタイミングで現れる(全員落ちていた場合は関係ない)。
 以下は探索者らの立ち回りと、春風の記憶を取り戻したか否か、合流したか否かで分岐する物語の結末だ。

《DEADLY END・死に果て》**

 探索者が星華を殺すことを決意したりなどで、彼女を死なせた場合のルート。何らかの要因で死にかけた星華が懇願したりと、動機は様々だろう。
 概要を説明するならば、探索者が星華を殺し、夢の主となった場合のルート。
 探索者は星華の細い首に手をかけ、締め上げる。ルートによっては春風の制止や邪魔立てもあるだろうが、探索者がそれらを対処し、決意を変えずに【STR×1】をロールしたならばイベントは続行される。
 その状態に入ったのならば、怪獣も春風も他の探索者も邪魔出来ない。星華の首を締める探索者の周囲が無重力空間となる。その空間には怪獣さえも抗えず、イフェニオンを引き千切り、広がって行く。
 他の探索者は、【正気度 1/1D8】を行う。

 STR×1に失敗し、それでも決意が揺るがないのならば【STR×2】。
 失敗したなら、【STR×3】。
 失敗したなら【STR×4】
【STR×5】、【STR×6】【STR×7】。
 成功するまで、倍々に上げて行く。ファンブル、クリティカルは無視する。探索者が失敗するたびに空間は広がる。途中で決意が揺らいだのならば、DEADLY ENDは停止する。
 だが成功した時、探索者に星華の声が聞こえた。

「あなたに、背負ってもらうの。ずっとずっと」

 星華は息絶え、動かなくなる。彼女の死体が光の粒子となり、殺した探索者に飲み込まれた。
 後は探索者の思い通りだ。怪獣を夢から追放するか、春風を殺すのか、探索者らを目覚めさせるか夢の住人とさせるか。いずれにせよ、十字架を背負わされた探索者は、現実の世界に戻れやしない。


『白日』
 夢から追放された探索者は、病院のベッドで目覚める。小樽市内の病院だ。
 同じ病室には、目覚めた探索者と、目覚めない探索者がいる。夢の主となった探索者は、孤独を生きるのか、それとも人を誘い続けるだろうか。
 クリア報酬として【正気度 1D10+2】と【耐久度 1D10】を回復する。ただし、夢の主となった探索者、夢の住人であることを選んだ探索者は、ロストとなる。

《DREAM END・夢の終わり》

 探索者が憧憬を10個まで集め、春風と合流を果たしていない場合のルート。概要を説明するならば、春風と星華を殺し、怪獣を夢に取り残すルート。

 探索者は星華を殺すか、怪獣に食われるかの瀬戸際に立たされている。
 その時、探索者らは全員【アイディア】を振らなければならない。アイディアに成功した者は【回避】を振れるが、失敗した者は振れない。突然、探索者らは全員拳銃で撃たれる。【正気度 1/1D6】を行う。
 被弾した探索者は【1D6+2】のダメージを負う。狙撃手は、ホテルマンだ。

「この世界から出る必要は、ありません」
 彼は弥生春風だが、記憶を取り戻していない、悲しい男だ。

「私は思い出しました。私もまた、この世界に囚われた旅人。ずっと出る機会を探っていた。しかし、出ることこそ、間違いです。
 考えてください。この世界は、自由の国だ! 現世の汚れも、痛みも、叶わぬ夢も、絶望も、何もかもが無い世界だ! ただ、その怪獣の存在が邪魔なだけだ!
 私が王になろう、この夢の。邪魔立てするなら、1人ずつ射殺する。さぁ、その子を私の方へ!」
 探索者は彼の凶行を止めようとしても、狂気に支配された春風は誰にも止められない。
 探索者は彼に従い星華を差し出すか、代わりに星華を殺すかとなる。後者の場合は、DEADLY ENDだ。

 春風に従う意思を見せたのなら、怪獣は探索者らに牙を剥くだろう。星華を抱え、【DEX対抗ロール】に勝利しなければ、怪獣に食われ【1D10】のダメージを負う。しかし事前に春風へ従う旨を表明していたなら、彼からの援護射撃によって襲われずに済む。
 もし、探索者が春風に従う振りをし、彼を【組み付き】や【武道】などで無力化しようとする算段の場合、特別に星華を現世に連れ戻す『R.I.P.』が解放される。


『ドリーマーズ・ハイ』
 春風は目の前に置かれた星華に、銃口を向ける。彼は「私を王にしろ!」と叫び、少女を撃ち抜く。
 一発、二発、三発。目の前には血だらけの星華。
 春風は喜び、高笑いをあげる。しかし突然、笑いが止む。記憶を取り戻した。
「……私が、やったのか……!?」
 探索者は【心理学】か【精神分析】に成功すると、さっきまでの彼とは別人のようだと気付ける。

 絶望する彼の頭部を、怪獣は食らった。星華の死体は光の粒子となり、消える。
 イフェニオンの花畑が、崩れ去る。空は暗黒に染まり、禍々しい真紅の靄が包み込む。
 探索者は奈落へ落ちる。怪獣の咆哮を聴きながら。

 探索者が目覚めると、そこは小樽市内の病室。
 旅行者である探索者らは、突然眠りから覚めなくなる、この近辺で起こる風土病に罹っていたそうだ。
 探索者らは【正気度 1D10+3】と、【耐久度 1D6】の回復を行い、シナリオを終える。


『R.I.P.』
 春風を止めた場合のルート。
 彼を止めたものの、怪獣は探索者もろとも食い尽くそうと襲い来る。だが突然、その足が止まった。心なしか、愕然としているように見えた。
 突然、探索者に眠気が襲い、全員眠りにつく。

 目覚めるとそこは病室。流れと報酬は『ドリーマーズ・ハイ』と同様だが、最後にシーンが追加される。
 夜、空に一際輝く流れ星が落ちた。流れ星は、死者の魂が現世に帰ってきた兆候だと、古くから言われていた。

 探索者は、声が聞こえた気がした。
「悪夢は繰り返される」

《WEEK END・週末》

 憧憬を15個以上集めたものの、春風との合流を果たせなかった、或いは合流しても花のタネを持たなかった場合のルート。概要を説明すると、『星華が死に、春風が夢の主となり、怪獣が追放される』ルート。
 怪獣が迫る探索者らの元へ、ホテルから出て来た探索者らが合流する。
 その時に、怪獣の前に突然、扉が現れる。その扉から出て来た人物こそ、記憶を取り戻した春風だ。
 合流していた場合、その扉から階段より落ちていた探索者らも現れる。

 怪獣は壁となった扉に阻まれている。その隙に春風は、探索者らと星華の前に進む。
「……私に、任せて欲しい。香水は、作れなかったな」
 彼は星華の頭を撫でる。拳銃を捨て、涙を流しながら彼女の首に手をかけた。
 探索者が止めようが止めまいが、彼は「これしかない」と決意する。周囲が無重力の空間となり、何者の干渉も寄せ付けなくなる。

 空間の中、声が聞こえた。
「お母さんと、仲直りできるかな」

「何を言っているんだ。お母さんはずっと、星華を愛していた」

「お父さんはどうなるの?」

「大丈夫だよ。お父さんは、星華の夢を守り続ける」
 一際大きな衝撃音と共に、イフェニオンの花畑が吹き飛ぶ。
 探索者が目を覚ますと、そこは暗い世界。黒い地面に立っていた。
 その世界の真ん中に立つ春風を見つける。探索者が彼の元へ近付くと、彼は微笑みながら話しかける。

「今、僕は星華から、夢の世界を譲り受けた。怪獣を夢から追放した。全部、終わったんだ。
 そして君たちに感謝するよ。僕は死んだ後、この世界に引きずり込まれ、記憶を失っていた。だが、君たちが星華の憧憬を集めてくれたおかげで、ぼくの記憶も戻った。
 星華は報われた。永劫まで続く檻から、解放されたんだ」

 空からイフェニオンの花弁が舞い落ちる。それは流れ星のようにも見えた。気付けば探索者らの手には、イフェニオンの花が握られていた。
「瞳を閉じ、その花に願いなさい。そうすれば君たちは、目を覚ます。長い悪夢から、解き放たれる。本当に感謝しているよ」

 探索者らが目を瞑り、花に願う。やがてまどろみ始め、意識が消えて行く。
「悪夢は、終わりだ」


『A Weekend in the City』
 探索者が目を覚ますと、そこはホテルの客室だったり、何処かの旅館だったり、自宅だったり。小樽市内で探索者らはバラバラの場所で目覚める。
 今日は週末、小樽は人で溢れていた。探索者らは長い長い夢だったのかと思いながらも、街に赴く。

 通り過ぎた人たちにふと、目が向く。
 両親に手を引かれ、幸せそうに笑う女の子。少しの間、目が離せなかった。
 探索者は【正気度 2D10+2】と【耐久度 2D8】の報酬を受け取り、シナリオを終える。

《THE END・おしまい》

 憧憬を15個以上集め、春風と合流し、花のタネを持っていた場合のルート。概要を説明すると、『星華と春風が夢に残り、怪獣を追放する』ルート。

 星華らの元に、春風と探索者らが合流する。すると春風は持って来た5つのタネを探索者らに渡す。
「あの子の好きな花のタネだ。これで、香水を作る……彼女を起こす、唯一の方法だ」
 探索者は渡されたタネを、「夢を持って、怪獣の方へ投げるんだ。ここは夢の世界……夢が、何よりの武器だ」と言われる。
 探索者がどのような夢を持っているのかは自由だ。タネは怪獣の前に舞い、瞬時に成長する。
 茎は幾層にも怪獣に纏わり付き、動きを封じた。そしてローズマリー、ハナビシソウ、ニゲラ、赤と黄色のゼラニウムが咲き乱れる。

 春風は懐からビンを取り出し、花から溢れる香りを集め、5つの香水にした。完成したそれを、星華の前で振りかける。
 混ざったような匂いではなく、まるでグラデーションのように、次々と匂いは移り変わった。その匂いを浴び、星華はとうとう目を覚ます。

 怪獣は諦めたように、動きを止めた。
 星華は目を瞬かせ、辺りを見つめる。
「……ずっとずっと、夢を見ていた。言いたいこともあるの。でもまずは……おはよう」

 イフェニオンの花畑は、様々な花が咲き乱れる、綺麗な花畑へと変貌を遂げ、真っ白な空は透き通った青空に変わる。
 怪獣から茎は消え、拘束が解かれた。だが怪獣は、探索者らを襲おうとはしない。
 星華は一言、寂しげに「さよなら」と告げる。怪獣は光に包まれて浮かび、空へ飛んで行く。その姿はまるで、流れ星だった。
 それを見た春風は、呟く。
「あの怪獣は、もしかしたら帰りたかったのかもしれない。いつも天から聞こえる演奏を聴いては、鳴いていたんだ。
 あの演奏は何なのかは、誰のものなのかは分からない。だが、あの怪獣にとって、大切な場所から響いていたのだろうか。
 そうだ。この夢の中で、誰よりも夢を抱いていたのは、あの怪獣だったのかもしれない」

 春風は星華を抱き起こし、暫し抱擁する。それが済むと、探索者らへ星華が語りかけた。
「夢の中で、皆さんを見たの。屋敷を走り回って、私の記憶を探してくれた姿。
 ありがとう、ございます。私の夢を守ってくれて。この世界はもう、悪夢じゃない」

 探索者らは空を見上げる。たくさんの流星だ。
「あのお星さまにお願いをして。そうしたら、夢から出られる……もう、寂しくないよ。お父さんもいる」
 探索者が流星に願う。意識が途切れる刹那、星華と春風と、もう1人の女性がいたと気付く。
 星華はその女性に、くっ付いて甘えている様だ。


『ハルニキミト』
 起床からの流れは、『A Weekend in the City』と同じだ。
 探索者らはこの小樽市内では、人が眠ったまま死ぬ奇病がある噂を思い出す。しかしその奇病は、突然なくなったと言う。
 探索者らは小樽市の郊外にある、1つの屋敷に行く。調べてみれば、明治に作られた、日本人による西洋風の屋敷があるそうだ。名前は『弥生屋敷』。
【歴史】か【ナビゲート】に成功すると、その屋敷では父親と娘がいたそうだが、突如として姿を消したらしい。

 探索者がその屋敷に行くと、驚くほど綺麗に保存され、市の文化財となっていた事を知る。
 屋敷へは広い庭を抜けてから入れる。噴水からは綺麗な水が流れていた。
 入り口では、1人の温和な老婆がいる。探索者が挨拶をすると、彼女はここの権利者であり管理人らしい。
「はじめまして。私は、『ツバキ』です。この弥生屋敷は、私のご先祖さまに当たる弥生春風の別荘でした。
 弥生春風は娘の星華の療養に、この別荘を使っていたそうですが……2人はどこかに消えてしまいました。
 横浜にいた妻の弥生桜は、それから大変な苦労をしたと聞きました……しかし、多くの人に支えられ、身籠っていたもう1人の子どもと共に時代を生きたと聞きます。私はその子どもの、孫に当たります」

 探索者は【目星】か【アイディア】に成功すると、屋敷の柱に飾られていた協賛者の中に、『勝 海舟』の名があることに気付く。
「弥生家はあの、勝海舟らによる江戸開城の際に大いに貢献しており、交友があったと聞きます。
 春風が消えた時、真っ先に捜索の手はずを整えてくださったのは、彼でした」

 屋敷の中は、夢の世界で見たものと殆ど同じだった。書斎に隠し部屋なんてなかった事以外は、同じだ。
 ふと、探索者はリビングにいた時、床下から妙な感覚がすることに気付く。呼ばれているような感覚だ。
 探索者は床下を掘ってみたいと、ツバキに申し出れる。【説得】か【信用】で許可が得られるが、夢のことや、星華や春風のことを話すのならば、ツバキは信用してくれる。曰く彼女も、「リビングにいると、いつも下から誰かに呼ばれている気がしていました」と言う。

 文化財の為、出来るだけ破壊しないよう、丁寧に床板を外す。その下に現れた土を、探索者らは掘り起こして行く。
 10分ほど掘ると、何かを見つけた。そこには、2人の白骨死体があった。

 今日は『3月19日』。ツバキ曰く、奇しくも今日は、弥生星華の誕生日らしい。
 探索者は【正気度 3D10+2】と【耐久度 3D8+2】の報酬を得て、シナリオを修了する。

【NPC】

「弥生 春風」
STR.13 CON.15 SIZ.11 INT.16
POW.12 DEX.14 APP.12 EDU.18
正気度:32
耐久度:15
ダメージ・ボーナス:+0
武器:こぶし、60% ダメージ・1D3
キック、56% ダメージ・1D6
拳銃、71% ダメージ・1D6+2
技能:聞き耳、70% 経理、80% 隠す、74% 隠れる、80% 忍び歩き、56%


「弥生 星華」
STR.6 CON.12 SIZ.7 INT.11
POW.10 DEX.15 APP.15
正気度:20
耐久度:5
ダメージ・ボーナス:-1D4

1c5ace08 a1d7 417d b269 afb9bc755ce8

 クトゥルフTRPGが大の好き好きであります、映画みたいなCoCシナリオを書くの好きな人。監督と呼ばれたい。  こちらにあるシナリオは全て、旧CoC6版を遵守しております。7版対応に関しては、このサイトでは視野に入れておりませんので、留意願います。  色々は、URL辿ってTwitterより。

https://twitter.com/ergotBear

Post Comment

ログインするとコメントできます。